HPCスタッフコラム

2020.07.03

ハムストリングの筋損傷は柔軟性だけの問題ではない

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柔軟性と傷害の関係性についてはこれまでに多くの議論がなされてきました。特に、筋損傷の発生率の高いハムストリングとその柔軟性についての研究は多数なされています。Van Doormaalら(1)やGabbeら(2)の前向き研究による報告では、サッカー選手やオーストラリア式フットボール選手らのハムストリングの柔軟性と同部位の傷害の発生には関係性が見られなかったことが示されました。一方で、Witvrouwら(3)やHendersonら(4)の研究では、能動的な股関節屈曲のROMやハムストリングの柔軟性が欠如はハムストリングの傷害の発生の多さと関係があるとの報告がされています。

この研究は、非常に多くのサンプル数を用いて、ユース年代における股関節屈曲の可動域(ROM)とハムストリング傷害の関係性を検証しています。

 

Range of motion and injury occurrence in elite Spanish soccer academies. Not only a hamstring shortening—related problem.
スペインのエリートサッカーアカデミーにおける可動域と傷害の発生。ハムストリングの筋の長さだけの問題ではない。

Sanz, A, Pablos, C, Ballester, R, Sanchez-Alarcos, JV, and Huertas, F.

J Strength Cond Res 34(7): 1924–1932, 2020

目的
この研究では、異なる年代(8~18歳)における股関節屈曲の可動域(ROM;Range of Motion)の差に関するエビデンスを提供し、一方で競技ポジションと利き脚を研究の考慮に入れた。さらに、傷害を負った選手とそうでない選手の股関節屈曲のROMの差を分析する。

被験者
1657名の少年男子サッカー選手(平均年齢:12.58±2.65歳、範囲:7.88~18.79歳)をそれぞれの年代カテゴリー(U9、U11、U13、U15、U18)分類した。

方法
能動的な股関節屈曲(アクティブストレートレッグレイズ)中のROMの年齢に応じた発展と、ハムストリングの傷害の発生との関係性を検証した。

結果
ROMの年齢に関した差において、U9からU11(p=0.001)、U11からU13(p<0.005)、U9からU13(p<0.001)の間で有意な減少を示し、U13からU15およびU13からU18の間でROMが増加した(両方ともp<0.001)。興味深いことに、下の年代と上の年代で同様のROMの値を示した(U9-U18、p=0.87)。すべての年代において、非利き脚よりも利き脚においてより大きなROMが見られた(すべてp<0.001)。ROMについて、競技ポジションに関する差は見られなかった(すべてp>0.478)。フォローアップ期間(11カ月)中に97件のハムストリングの傷害が報告され、上の年代(p<0.001)およびフィールドプレーヤー(p<0.001)においてより高い発生率を示した。注目すべきこととして、傷害を負った選手とそうでない選手の間に平均ROMの差は見られなかった(p=0.152)。

結論・応用
この結果は、股関節屈曲のROMはハムストリングの筋長によるだけでなく、関節の安定性や、運動コントロール、そして股関節屈曲筋の筋力不足に関連した要素にもよることを示唆している。ユーススポーツサッカーアカデミーのスポーツ科学者は、ROMを最適化し、大衆的な競技レベルから傷害を減少させるために、年代に特異的なスクリーニングと筋力、運動コントロールそして柔軟性を向上させるための行動プランを作成するべきである。

オリジナルの文献はこちら

 

Van Doormaalら(1)やGabbeら(2)と同様に、この研究においても股関節屈曲のROMとハムストリングの傷害の発生との間に関係性は見られませんでした。これらの研究では長座体前屈や仰臥位のストレートレッグレイズ(アクティブおよびパッシブ)をハムストリングスの柔軟性または股関節屈曲のROMの指標として用いていました。しかし、前述のWitvrouw(3)やHenderson(4)らの研究でも同様の評価方法を用いて傷害の発生との関係性が示されました。

また、先行研究では柔軟性や股関節屈曲のROM以外にもハムストリングの傷害の発生に関連する要因を検証しており、年齢(1、2、4、7)や下肢パワー(4)、大腿四頭筋の柔軟性(2)、筋力(6、7)、既往歴(5)などが関連性を示しました。しかし、一貫した結果は示されておらず、特定のサンプルにのみ関連性が示されるようです。また外的な要因として、疲労や不十分なウォームアップなどもハムストリングの傷害の発生に関連があるとされています(6、7)。

これらのことから、ハムストリングの傷害の発生には柔軟性や可動域の欠如だけでなく内的・外的な様々な要因が関係していると考えられます。柔軟性や可動域の欠如はハムストリングの傷害の発生の一因となる可能性がありますが、トレーニングを処方する際はこの要素だけでなく他の要因にも目を向け、バランスよくアスリートの能力を向上させることが重要でしょう。

 

参考文献
1. Van Doormaal, M.C.M., Van Der Horst, N., Backx, F.J.G., Smits, D.W., and Huisstede, B.M.A. (2017). No Relationship between Hamstring Flexibility and Hamstring Injuries in Male Amateur Soccer Players. American Journal of Sports Medicine 45, 121–126
2. Gabbe, B.J., Finch, C.F., Bennell, K.L., and Wajswelner, H. (2005). Risk factors for hamstring injuries in community level Australian football. British Journal of Sports Medicine 39, 106–110.
3. Witvrouw, E., Danneels, L., Asselman, P., D’Have, T., and Cambier, D. (2003). Muscle flexibility as a risk factor for developing muscle injuries in male professional soccer players: A prospective study. American Journal of Sports Medicine 31, 41–46
4. Henderson, G., Barnes, C.A., and Portas, M.D. (2010). Factors associated with increased propensity for hamstring injury in English Premier League soccer players. Journal of Science and Medicine in Sport 13, 397–402
5. Freeman, P., Miller, A., Snodgrass, S., and Callister, R. (2015). Predisposing risk factors for hamstring and quadriceps strain injury in male football and rugby league players. Physiotherapy 101, e406–e407
6. Worrell, T.W., and Perrin, D.H. (1992). Hamstring muscle injury: The influence of strength, flexibility, warm-up, and fatigue. Journal of Orthopaedic and Sports Physical Therapy 16, 12–18
7. Croisier, J.L. (2004). Factors associated with recurrent hamstring injuries. Sports Medicine 34, 681–695