HPCスタッフコラム

2020.07.24

投球動作時の下肢筋群の貢献

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野球の投球動作において、ボールを加速させ160km/hを超える球速を達成させるためには下半身と上半身の協調性が取れた動作が必要とされます。多くの研究は上半身のキネマティックスやキネティックスに注目していますが、投球動作は下半身から上半身へとエネルギーを伝達するキネティックチェーン(運動連鎖)を用いるため、下半身の筋力などの貢献も大きいことが考えられます。実際に、踏み出し脚の接地時の減速やその後の膝の伸展の速度などが球速に貢献しているとの報告があります(1、2)。

今回紹介する研究では、投球動作を4つのフェーズに分け、それぞれのフェーズにおける下肢筋群の筋活性レベルを調査しています。

 

Lower extremity muscle activation during baseball pitching.
野球のピッチングにおける下肢筋群の筋活性

Campbell, BM, Stodden, DF, and Nixon, MK.

J Strength Cond Res 24(4): 964-971, 2010

目的
この研究の目的は、ピッチングモーション中の特定の下肢筋の筋活性レベルを調査することであった。

被験者
11名のハイレベルな大学生ピッチャー。被験者の球速の平均は時速78.6マイル(時速126 km)であった。

方法
5つの下肢筋(大腿二頭筋、大腿直筋、大殿筋、内側広筋、腓腹筋)の両側で表面筋電図のデータを11名の被験者から得て、個々の最大随意等尺性収縮(MVIC:Maximal Voluntary Isometric Contraction)のデータと比較した。投球動作は4つのフェーズに区分けされた;フェーズ1、投球動作の開始から踏み出し脚の膝が最高点に達するまで;フェーズ2、踏み出し脚の膝が最高点に達したところから踏み出し脚が接地(SFC:Stride foot contact)するまで;フェーズ3、SFCからボールリリースまで;そしてフェーズ4.ボールリリースからボールリリース後0.5秒まで(フォロースルー)。

結果
結果は、軸脚の筋群はフェーズ2と3において中~高い筋活性レベルを示した。(MVICの38~172%)。踏み出し脚の筋活性レベルはフェーズ2~4において中~高であった(MVICの23~170%)。

図1. 踏み込み脚の各フェーズにおける下肢筋群の筋活性;GA:腓腹筋、VM:内側広筋、RF:大腿直筋、GM:大殿筋、BF:大腿二頭筋




図2. 軸脚の各フェーズにおける下肢筋群の筋活性;GA:腓腹筋、VM:内側広筋、RF:大腿直筋、GM:大殿筋、BF:大腿二頭筋

結論・応用
これらのデータは、下半身の筋力と持久力の需要の高さを示している。特に、筋力の向上または維持のため、そして投球動作中の下半身の動的安定性を促進させるために、コーチは片側性および両側性の下半身のエクササイズを組み入れるべきである。

オリジナルの文献はこちら

 

この研究の結果では、踏み出し脚の接地後から下肢筋群が大きく活性化されることが示されました。また、このフェーズにおいては、踏み出し脚と軸脚とで異なる筋活動も所見されました。

踏み出し脚においては、大腿前面の内側広筋および大腿直筋の筋活動が大きく次いで腓腹筋の活動が活性化されていました。これらの筋はMVICよりも大きな筋活動を示しました。逆に大腿後面の大殿筋や大腿二頭筋はこれらの筋と比較すると少し筋活動が小さくMVICと同等の筋活性にとどまりました。球速が速い投手と遅い投手のキネマティックスを比較したMatsuoらの研究(2)では、球速が遅い投手の踏み出し脚の膝関節屈曲速度が、球速が速い投手に比べて速かったと報告しています。つまり、踏み出し脚の接地後に膝関節の屈曲をコントロールできないと球速が上昇しないことを示唆しています。Fortenbaughら(1)も、踏み出し脚による減速する力が低いと球速が遅くなるとしています。これらのことから、接地後のフェーズ3において内側広筋と大腿直筋の筋活動が大きかったことに納得がいきます。

反対に、軸脚においてはフェーズ3において腓腹筋の活動量が最も大きく、これはプレートをける際に足関節の底屈の際に大きな力を発揮するためだと考えられます。続いて、大殿筋と大腿二頭筋の股関節伸展筋群および膝関節伸展筋の内側広筋の活性が大きく、大腿直筋の活動量はMVICの49%程度でした。軸足においてはやはりプレートをける際の下肢伸展筋群の働きが大きいのでしょう。前後方向の床反力の大きさは投球の際の手首の速度と高い相関関係が見られた(3)ことから、軸脚の伸展筋力も球速に貢献していることが考えられます。

これらの結果は、踏み出し脚と軸足それぞれの筋活動の違いを示しており、これによって投球の際に負荷がかかる筋群が明らかになり、またレジスタンストレーニングのプログラム作成の際の指標にすることもできるでしょう。

 

参考文献
1. Fortenbaugh, D., Fleisig, G.S., and Andrews, J.R. (2009). Baseball pitching biomechanics in relation to injury risk and performance. Sports Health 1, 314–320
2. Matsuo, T., Escamilla, R.F., Fleisig, G.S., Barrentine, S.W., and Andrews, J.R. (2001). Comparison of kinematic and temporal parameters between different pitch velocity groups. Journal of Applied Biomechanics 17, 1–13
3. MacWilliams, B.A., Choi, T., Perezous, M.K., Chao, E.Y.S., and McFarland, E.G. (1998). Characteristic ground-reaction forces in baseball pitching. American Journal of Sports Medicine 26, 66–71