HPCスタッフコラム

2019.06.19

種目別による特定の遺伝子の優位性

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スポーツのパフォーマンスにはトレーニングに加え遺伝的な要素が大きくかかわってきます(1)。遺伝的な要素は人が周りの環境に対してどのように適応するかを決める重要な因子です(1、2)。つまり、トレーニングという刺激に対してどのような変化が身体にもたらされるか、ということは遺伝的な要素によって左右されるということです。しかし、この分野の研究はまだまだ新しく、発展途上でありこれからさらなる検証が必要でしょう。

近年、筋力や持久力に関連する遺伝子が明らかになってきています。今回紹介する研究では以下の3つの遺伝子タイプが登場します。
・ACTN3 R577X:タイプII筋線維(速筋線維)のみに見られるタンパク質。タイプII筋線維の配分に関連した遺伝子であり、タイプIIB(またはタイプIIx)の割合が多いRRタイプ、タイプIIA繊維の多いXXタイプ、及びその中間であるRXタイプがある(3)。
・AGT Met235Thr:骨格筋の成長因子となると言われているANG IIの量に影響し、パワー系のアスリートにはCC型(Thr-Thr型)が多く、持久系のアスリートにはCT型またはTT型が多いと言われている(4、5)。
・PPARD T249C:持久系のパフォーマンスに影響する可能性があるとされており、持久系のアスリートにはCC型が多く、他にCT型、TT型がある。

まだまだ、多くの議論やさらなるエビデンスが必要であると言われていますが、現時点でスポーツのパフォーマンスに関連しているとされている遺伝子のタイプです。これらの遺伝子をアスリートのグループごとに比較し、アスリートのグループにおける特色を検証しています。

 

Genetic variability among power athletes: the stronger vs. the faster.
パワー系種目のアスリートにおける遺伝子のばらつき:筋力vsスピード

Ben-Zaken, S, Eliakim, A, Nemet, D, and Meckel, Y.

J Strength Cond Res XX(X): 000–000, 2019

目的
スポーツの種目はエネルギーの使用方法に応じて「有酸素性の種目」と「無酸素性の種目」に分類することができる。パワー、スピード及び筋力もスポーツのサブタイプを明確にするために用いられる。ウェイトリフター(WLs)、スプリンター、及び跳躍選手は数秒間しか動作しないといった特色がある。しかし、彼らのパフォーマンスにおいてはパワー、スピード、筋力の異なる配分が必要である。この研究の目的は、無酸素性アスリートのサブタイプ間の3種の遺伝子(筋の収縮に関連したACTN3 R577X、筋の成長に関連したAGT Met235Thr、及び有酸素能力に関連したPPARD T/C)の違いを検証することである。

被験者
71名のスプリンターと跳躍選手、54名のWLs、及び86名のコントロール群が研究に参加した。すべてのアスリートは、それぞれの種目で国内及び国際大会で優秀な成績を収めている。

方法
末梢血管から標準的なプロトコルを用いて遺伝子DNAを採取した。TaqManの対立遺伝子の差別分析を用いて遺伝子のタイプを特定した。

結果
ACTN3 RRの遺伝子タイプはWLs(22.2%)やコントロール群(18.6%)と比較してスプリンター・跳躍選手(39.4%)において有意に多く見られた。AGT Thr-Thrの遺伝子タイプはスプリンター・跳躍選手(4.2%)やコントロール群(12.8%)と比較してWls(25.9%)において有意に多く見られた。PPARD T294Cの遺伝子タイプにおいてはグループ間の差異は見られなかった。

結論・応用
この結果は、アスリートが筋力要素の貢献が大きい種目(ウェイトリフティング)よりもスピードの要素が強い種目(スプリント)で優れた成績を収めるための特定の遺伝子の構成があることを示唆している。

オリジナルの文献はこちら

 

種目によって異なる遺伝子タイプを有していることが結果からわかります。スピードの貢献が大きい種目ではACTN3の遺伝子の構成が、また、筋力の貢献が大きい種目ではAGTの遺伝子の構成がそれぞれの競技のパフォーマンスに影響を与えるようです。もし、自身の遺伝子を解析し、遺伝子の構成が明らかになれば、自分に最適なスポーツの種類の選択が可能になるかもしれません。

しかしながら、最適な遺伝子構成を持つ割合がACTN3では40%、AGTにおいては26%と遺伝子以外の要素、つまりトレーニングやそのほかの環境、の貢献も無視できないでしょう。最適な遺伝子構成を持っていなくても優れた競技成績をおさめることができることからトレーニングなどのその他の要因の重要性もまだまだ示唆されています。

いずれにせよ、遺伝子とスポーツパフォーマンスの関係の検証はまだまだ新しい領域であり、それによってさらなるスポーツの発展が期待できそうです。

 

参考文献
1. Thomis, M. A. I., Beunen, G. P., Maes, H. H., Blimkie, C. J., Van Leemputte, M., Claessens, A. L., … Vlietinck, R. F. (1998). Strength training: Importance of genetic factors. Medicine and Science in Sports and Exercise, 30(5), 724–731
2. Arden, N. K., & Spector, T. D. (1997). Genetic influences on muscle strength, lean body mass, and bone mineral density: A twin study. Journal of Bone and Mineral Research, 12(12), 2076–2081
3. Maffulli, N., Margiotti, K., Longo, U. G., Loppini, M., Fazio, V. M., & Denaro, V. (2013). The genetics of sports injuries and athletic performance. Muscles, Ligaments and Tendons Journal, 3(3), 173–89
4. Jones, A., & Woods, D. R. (2003, June 1). Skeletal muscle RAS and exercise performance. International Journal of Biochemistry and Cell Biology
5. ZareBska, A., Sawczyn, S., Kaczmarczyk, M., Ficek, K., Maciejewska-Karowska, A., Sawczuk, M., … CieSzczyk, P. (2013). Association of rs699 (m235t) polymorphism in the agt gene with power but not endurance athlete status. Journal of Strength and Conditioning Research, 27(10), 2898–2903