HPCスタッフコラム

2023.07.03

HPC活動レポート -埼玉大学男子ラクロス部との取り組み-

*この記事はStrength & Conditioning Journal Japan(NSCAジャパン機関誌)2023年7月号に掲載されたNSCAジャパンHPC活動レポートを転載したものです。元記事のPDFはこちらからダウンロードできます。

NSCAジャパンHuman Performance Center(HPC)はこの春、埼玉大学男子ラクロス部の4週間のストレングストレーニングを担当させていただく機会を得た。社会やトレーニング業界に貢献するために様々な情報を発信することが、HPCの活動のひとつであることから、今回の指導にあたって、HPCのストレングス&コンディショニング(S&C)コーチが実際にトレーニングを処方する際に考慮する点、トレーニング指導中の考察、そしてトレーニング効果の検証について、実例報告という形で報告をさせていただく。

ニーズ分析
激しいコンタクトを伴うラクロス競技の競技特性(3、5)を踏まえ、監督より「フィジカル面の向上」が要望として挙げられた。具体的には、選手がフィールド面でより良いパフォーマンスを発揮できるように、筋力、パワー、スピード等の向上が課題であることから、これらを考慮して指導することとなった。

パフォーマンス測定
トレーニング介入前後のパフォーマンスを比較するために、前後でパフォーマンス測定を行なった。測定種目は下記のとおりである。
・スピード:10、20、40ヤード走
・パワー:立ち幅跳び、メディスンボール(MB)バックワードスロー
・最大筋力:バックスクワットおよびベンチプレスの1RM
スピードおよびパワーの測定は埼玉大学のグラウンドを使用してチーム側で実施し、その測定結果を共有していただいた。事前に測定種目に関する資料を渡すことで、実施方法などを共有した。そして、スピードとパワーの測定とは別日に最大筋力の測定をHPCで行なった。HPCのS&Cコーチの監督・指導の下、トレーニング前後で条件が同じとなるようウォームアップやエクササイズの順番を設定して行なった。バックスクワットの深さは大腿部の中心(大腿骨)が床と平行となるまで(パラレルスクワット)またはそれ以下とした。
なお、バックスクワットおよびベンチプレスの測定はNSCA決定版ストレングストレーニング&コンディショニング(4)の測定方法に沿って実施した。なお、スピードの測定結果に関しては、準備期間が短く測定方法の周知が充分に行き届かず、誤差と思われる数値が多く見受けられたため、本報告からは省略することとする。その他の測定結果は表1に記す。

レジスタンストレーニング実施概要
・期間:2023年3月10日~4月3日の4週間
・頻度:週2回(月曜日:HPC、金曜日:埼玉大学ウェイトルーム)
・時間:1セッション当たり60分~90分
・参加者:1年生~3年生までの24名

トレーニングプログラム作成に当たっての留意点
・選手のレジスタンストレーニング歴
選手や監督にヒアリングしたところ、これまで組織立ったウェイトトレーニングは行なわれておらず、数種類のエクササイズを各個人で行なうように指示されていただけであった。そのためほとんどの選手がS&Cコーチによって指導を受けながらのトレーニングは初めてであった。バックスクワットやベンチプレスについては、これまでに個々の裁量の範囲内で行なっており、ある程度の実施経験はあったため、傷害リスクが高い方法で行なっていると思われるものや可動域(例:スクワットの深さ)について修正を加えながら測定およびトレーニングを行なった。

・トレーニング期間
準備期間が短く、また新学期や競技シーズンの関係から、今回は4週間のみのトレーニングとなった。そのため、テクニックの習得に時間のかかるオリンピックリフティングエクササイズなどは行なわず、比較的ベーシックなエクササイズを選択した。プログラムの第1週目は、エクササイズテクニックや実施方法の説明などに時間がかかることから、強度はある程度保ちつつもセット数を少なくして実施した。

・ウェイトルームの規模
埼玉大学のウェイトルームにおいては使用できるトレーニング器具の種類や台数が限られており、チームを2組に分けて行なった。また使用できる器具もHPCとは異なるため、エクササイズの選択もその点を考慮した。

トレーニングプログラムの概要
今回行なったトレーニングプログラムを図1~2に記す。プログラムに含まれたエクササイズのうち、バックスクワット、ルーマニアンデッドリフト(RDL)、ラテラルスクワット、ベンチプレス、ワンハンドロウおよびショルダープレスにおいて、エキセントリック局面を強調したトレーニングを行なった。エキセントリック局面を強調したトレーニングとは、エキセントリック局面で5~6秒ほどかけてゆっくりと動作をコントロールしながらバーベルやダンベルを下ろしていき、コンセントリック局面では逆に爆発的にバーベルやダンベルを挙上するものである。このトレーニング方法を取り入れた主な理由として;①エクササイズ動作の習得、②固有受容器への働きかけ(2)、③筋の張力下時間(TUT)の確保、が挙げられる。
まず、エクササイズ動作の習得の観点については、ほとんどの選手はレジスタンストレーニング経験が浅く、また彼らにとって初めて実施するエクササイズも多かったことから、エキセントリック局面をゆっくりと行なうことで、自身の動作をコントロールできるよう意図したものである。例えば、スクワットでニーインしがちな選手に対しては鏡を見ながら自身の動作をコントロールさせることでより適切な姿勢で実施ができ、またしゃがむ深さに関しても1レップごとに自身で深さを認識させることでスクワット動作の質を一定にすることができた。また、スクワットやベンチプレスの事前測定時に、バーベルを下ろしていく際(エキセントリック局面)に適切にコントロールできず、コンセントリック局面に入る前に適切な姿勢をとれていない選手が少なくなかったことも理由のひとつである。
固有受容器への働きかけについては、Dietz&Peterson(文献番号)の理論を参照した。著者らによると、エキセントリック局面の狙いは、「筋紡錘、中枢神経、筋間の求心性および遠心性の神経路の神経筋の同調を促進させ、同時にゴルジ腱器官(GTO)の感度を下げることでGTO反射による抑制を防ぎながらより大きな力を受けられるようにすることである」としている。つまり、より大きな力をエキセントリック局面で受けることができれば、伸張-短縮サイクルにおいてコンセントリック局面でより大きな力を発揮できるということである。
最後に、筋の張力下時間の確保だが、一般的にTUTは筋肥大と関係があるとされ、その増加は体内のタンパク質合成の増加に繋がるとされている(1)。4週間という期間のため、生理学的な変化(筋肥大)を発現させるには短いかもしれないが、1レップにかかる時間をコントロールし、筋組織に十分な負荷・刺激を与えることで今後の生理学的な変化を促す目的があった。

結果・考察
HPCでは、今回に限らず、日頃から担当するチームのトレーニングにおいても大人数を同時に指導する際に、プログラムデザインにおいてスーパーセット(厳密な意味でのスーパーセット法ではないが、お互いに干渉しないエクササイズを組み合わせる方法)を用いたり、同時にエクササイズを行なう人数を調整したりと、できるだけ多くの人数が同時にトレーニングできるよう工夫している。また、もちろんS&Cコーチが常に巡回しコーチングを行なうが、選手同士でお互いにフォームなどのチェック(エクササイズの可動域や姿勢等)を促すことでより効果的にトレーニングセッションを行なえるようにしている。
今回のトレーニングの効果として、4週間という短い期間にもかかわらず、測定ではスクワット、MBバックワードスローの数値が大きく向上した。また立ち幅跳びおよびベンチプレスについては微増の傾向を示した。選手からも「ショットがより力強く打てる感じがする」という、主観的だが、効果を実感できている感想が得られた。ただし、いずれの測定項目に関しても統計的な処理は行なっていない。理由として、チームの参加状況が一定ではなく、アルバイトや大学の都合などでトレーニングセッションに参加できない場合もあり、全員の参加状況を揃えることができなかったことが挙げられる。また、ケガにより数名がトレーニングもしくは測定に参加できなかった。このことはトレーニング結果にも多少の影響を及ぼしたと考えられる。今回の取り組みは研究ではないため、選手の参加状況のコントロールが難しく、出欠に関してはチームルールの運用に従った。
今回の取り組みにおいては、4週間という短い期間に加え、ウェイトトレーニング経験の少ない選手が多いことやトレーニング場所や器具が限られるなどの要因で実施できるエクササイズが限定された。また、測定に関しては多くの反省点があり、方向転換能力の測定や体重などパフォーマンスへの関連が大きいと考えられる項目についての測定ができなかった。しかしながら、短い期間にもかかわらず、項目によっては良い結果を導き出すことができた。したがって、スケジュール調整や準備期間の設定、さらにはトレーニング期間をもう少し長く設け、オリンピックリフティングエクササイズやプライオメトリックスなどを取り入れ、より競技に特異的なトレーニングプログラムを組むことで、より大きな効果を選手に実感していただけるのではないかと考える。
日本のラクロス競技において、全体的な身体面(筋力・パワー・スピード等)の向上は課題になっている分野でもあるとの話もあり、今回の取り組みをこのように実例として報告することで、他大学や日本のラクロス界においてS&Cトレーニングが取り入れられ、全体的なパフォーマンスレベルの向上の端緒となることも今回の取り組みの狙いのひとつであった。また、NSCAジャパンとしては、HPCで実施しているインターンシッププログラムの一環として、インターン生のトレーニング指導現場を確保する側面もあった。実際に、インターン生の一人がHPCのS&Cコーチの監督の下、トレーニングセッション全体を通してトレーニング指導を行なう場面もあり、実際のコーチングを経験してもらうことができた。このように実際に指導現場に立つ経験は、トレーニング指導者を目指すもの、または経験の少ないトレーニング指導者にとって貴重なものとなったのではないだろうか。
HPCとしては、今後もこのような実例を報告し、またインターン生が指導を経験できるような取り組みを継続して行なっていきたいと考えている。


図1 トレーニングプログラム(Day 1)


図2 トレーニングプログラム(Day 2)

参考文献
1. Burd NA, Andrews RJ, West DWD, Little JP, Cochran AJR, Hector AJ, Cashaback JGA, Gibala MJ, Potvin JR, Baker SK, Phillips SM. (2012) Muscle time under tension during resistance exercise stimulates differential muscle protein sub‐fractional synthetic responses in men. J Physiol 590.2: 351–362
2. Dietz, C. & Peterson, B. (2012). Triphasic training: A systematic approach to elite speed and explosive strength performance. Bye Dietz Sport Enterprise.
3. Gutowski AE, Rosene JM, Preseason Performance Testing Battery for Men’s Lacrosse. Strength Cond J 33(2): 16-22, 2011.
4. Haff, G. Gregory、Triplett, N. Travis (Eds.) (2021) Essentials of Strength Training and Conditioning. Champaign, IL: Human Kinetics (ハフ G.G、トリプレット N.T. 篠田邦彦総監修 (2016)  NSCA決定版 ストレングストレーニング&コンディショニング第4版、ブックハウスHD)
5. Sell KM, Prendergast JM, Ghigiarelli JJ, Gonzalez AM, Biscardi LM, Jajtner AR, Rothstein AS. Comparison of Physical Fitness Parameters for Starters vs. Nonstarters in an NCAA Division I Men’s Lacrosse Team. J Strength Cond Res 32(11): 3160-3168, 2018.