HPCスタッフコラム

2019.08.14

上半身の筋力・パワーとバットのスイングスピードの関係性

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野球において球速と関係のある身体要素については数多くの研究が成されています。しかしながら、バットのスイングスピードについてはあまり多くの研究がおこなわれておらず、現在報告されている限りでは、握力、上半身と下半身の筋力及びパワー、体幹の回旋パワー、除脂肪体重などがバットのスイングスピードに関係しているとされていますが、どれも一貫した関係性は報告されていません(1、2、3、4)。

Messierらが行った女性ソフトボール選手のバッティングのメカニクスを検証した研究(5)によると、バッティングの動作中、踏み出し足には1.6倍の負荷が垂直方向かかると報告しています。またReyesら(1)はスイングスピードについては上半身よりも下半身の筋力(スクワット1RM)と関係性があったと報告しています。下半身の筋力やパワーとバットのスイングスピードについては数多くの研究でその関係性が報告されています(2)。

今回紹介する研究は、日本の研究者が甲子園出場経験のある高校野球選手を対象に、上半身の筋力・パワーとバットのスイングスピードの関係性を検証しています。

 

Relationship between upper-body strength and bat swing speed in high-school baseball players.
高校生野球選手における上半身の筋力とバットのスイングスピードの関係

Miyaguchi, K and Demura, S.

J Strength Cond Res 26(7): 1786–1791, 2012

目的
この研究は高校生野球選手において上半身筋力とバットのスイングスピードの関係性を明確にし、ホームラン打者(強打者)の身体特性を検証することを目的とする。

被験者
甲子園出場経験のある男子高校野球選手30名(年齢:16.6 ± 0.5歳、身長171.5 ± 3.8 cm、体重65.0 ± 6.2 kg)。

方法
全力でのバットのスイングスピードはマイクロ波タイプのスピード測定器を用いて測定された。ベンチプレス(BP)の最大拳上重量(1RM)、軽い負荷(30㎏)を利用したBPパワー(ベンチパワー)、そして等速性のチェストプレス(0.4、0.8、1.2 m/s)を上半身の筋力として測定された。バットのスイングスピードと上半身の筋力との関係性を検証した。さらに、それぞれの測定項目における14名のホームラン打者(グループA)と16名の平均的な打者(グループB)間の平均差を求めるためにtテストを用いた。

結果
バットのスイングスピードは有意な中程度の相関関係を1RM BP(r=0.59)、ベンチパワー(r=0.41)、そして等速性チェストプレス(r=0.48~0.55)で示した。グループAはグループBと比較して、体重あたりのベンチパワー及び等速性チェストプレス(高速度)において有意に高い数値を示した。スイングスピードはグループBにおいて1RMのBPと有意な相関関係(r=0.62)を示したが、グループAではその関係性が見られなかった。

結論・応用
結論として、高校野球選手の打撃パワーを向上させるためには、1RMのベンチプレスに加えて軽い負荷でのベンチパワーを向上させることも必要かもしれない。

オリジナルの文献はこちら

 

グループ全体においてバットのスイングスピードと上半身の筋力・パワー特性と中程度の相関関係が見られました。しかし、重相関係数(rの二乗)を計算すると、バットのスイングスピードについて説明できる割合は最も相関係数の大きい1RMのベンチプレスによる筋力でも35%となります。つまり、スイングスピードについては他の何らかの要素も大いに貢献していることを意味しています。

また興味深いのは、グループ間の比較において強打者ではないグループBのみにおいてベンチプレスによる筋力とスイングスピードの相関関係があったということです。これは、ホームランを打つような打者は上半身の筋力だけでなく、その他の部位の筋力やパワーなどの身体要素、スイングの技術的な要素が関係していることを示唆しています。そして、一般的な選手や筋力が伴わない選手においては、上半身の筋力やパワーはバットのスイングスピードに関係している重要な要素の一つと言えるでしょう。そのため、ある程度の上半身の筋力やパワーを獲得することはスイングスピードの向上に効果的でしょう。しかし、ホームランや長打を打つような強打者については上半身の筋力以外にもスイングスピードに貢献する要素があると言えるでしょう。

現状ではバットのスイングスピードに関連する決定的な要素は未だに確定しておらず、そのため、バットのスイングスピードを向上させるためには上半身、下半身、体幹といった全身の筋力やパワーの向上に加えて、筋間の協調性や技術の向上、さらには除脂肪体重量の増加といった関連する様々な要素を包括的にトレーニングし向上させる必要があるでしょう。

 

参考文献
1. Reyes, G. F. C., Dickin, D. C., Dolny, D. G., & Crusat, N. J. K. (2010). Effects of muscular strength, exercise order, and acute whole-body vibration exposure on bat swing speed. Journal of Strength and Conditioning Research, 24(12), 3234–3240
2. Szymanski, D. J., Derenne, C., & Spaniol, F. J. (2009). Contributing factors for increased bat swing velocity. Journal of Strength and Conditioning Research, 23(4), 1338-1352
3. Szymanski, D. J., McIntyre, J. S., Szymanski, J. M., Jason Bradford, T., Schade, R. L., Madsen, N. H., & Pascoe, D. D. (2007). Effect of torso rotational strength on angular hip, angular shoulder, and linear bat velocities of high school baseball players. Journal of Strength and Conditioning Research, 21(4), 1117–1125
4. Szymanski, D. J., Szymanski, J. M., Schade, R. L., Bradford, T. J., McIntyre, J. S., DeRenne, C., & Madsen, N. H. (2010). The relation between anthropometric and physiological variables and bat velocity of high-school baseball players before and after 12 weeks of training. Journal of Strength and Conditioning Research, 24(11), 2933–2943
5. Messier, S. P., & Owen, M. G. (1985). The mechanics of batting: Analysis of ground reaction forces and selected lower extremity kinematics. Research Quarterly for Exercise and Sport, 56(2), 138–143