HPCスタッフコラム

2019.12.05

スクワットとデッドリフトのバーベルキネマティックス

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キネマティックス(Kinematics:運動学)とは、運動の結果、つまり変位や速度などを記述する力学の一つの部門であり、またそのような記述を総称する際にも用いられます。関節のキネマティックスは角度や角速度であらわされ、バーベルのキネマティックスはその変位や速度を指します。対して、キネティックス(Kinetics:動力学)は運動を起こすための「力」を考察する力学の部門です。力(Force)やトルクはここに含まれます。

今回紹介するのは身体の動作ではなく、その結果としてのバーベルの動きに着目した研究です。バックスクワットとフロントスクワット間およびSDとCD間といった、似たような種目においてバーベルのキネマティックスに違いが出るかどうかを検証しています。バックスクワットとフロントスクワットにおけるキネティックスまたはキネティックスを比較した研究では、関節角度(1)や関節にかかる力に差異が認められました(2)。スモーデッドリフトと通常のデッドリフト間にはスクワット間よりもより差異が顕著で、関節角度(3)、や筋活動(3、4)、関節モーメント(3)だけでなくバーベルのキネマティックス(3)も異なることが報告されています。

 

Kinematic difference between the front and back squat and conventional and sumo deadlift.

フロントスクワットとバックスクワット間および通常のデッドリフトとスモーデッドリフト間のキネマティックスの違い

Kasovic, Jovana, Martin, Benjamin and Fahs, Christopher A

J Strength Cond Res 33(12): 3213–3219, 2019

目的
レジスタンスエクササイズ動作のコンセントリック局面の平均速度(ACV:Average Concentric Velocity)は挙上する重量に反比例する。先行研究では、異なるレジスタンスエクササイズでは、相対的重量が同じでもACVが異なることが示された。現状では、エクササイズの様式(例:フロントまたはバックスクワット(BS)、スモースタイルか通常のデッドリフトか)も負荷―速度の関係性、またはコンセントリック局面の最大速度(PCV:Peak Concentric Velocity)や直線的な変位(LD:Linear Displacement)といった他のキネマティックスの変数に影響を与えるかについては限定されたエビデンスしかない。この研究の目的は、動作のキネマティックス(ACV、PCV、LD)をフロントスクワット(FS)とBS間、および通常のデッドリフト(CD:Conventional Deadlift)とスモーデッドリフト(SD)間で比較することである。

被験者
24名の男性と女性(年齢:22 ± 3歳、範囲:18~35歳、体重:77.2 ± 13.9 kg、身長:1.73 ± 0.10 m)

方法
24名の男性と女性が4回の研究室への訪問において、無作為な順番でFS、BS、CD、SDの最大挙上重量(1RM )の測定プロトコルを行った。1RMの測定プロトロル時に最大下および最大重量時のバーベルのキネマティックスをオープンバーベルシステム(Open Barbell System)を用いて記録した。キネマティックスデータは1RMの割合に基づいて10%ごと(例:30~39%、40~49%、他)に分類しプールし、エクササイズ間で比較した。FSとBS間およびCDとSD間のキネマティックスデータ相関を各相対的負荷において求めた。

結果
どの負荷においても、FSとBS間のキネマティックスにおいて違いは見られなかった(p<0.05)。しかし、FSとBSのACVには高負荷(1RMの80%以上)において弱い相関があった(r<0.4)。LDの差異が、すべての負荷(1RMの30~100%)におけるSDとCD間に見られ、CDと比較してSDのLDが短かった(p<0.05)。1RMにおけるSDとCD間のACVに違いは見られなかったが(SD:0.25±0.09 m/s、CD:0.25±0.06 m/s、p=0.962)、1RMの80~89%(SD:0.35 ± 0.08、CD: 0.40 ± 0.07、p = 0.017)と70~79%(SD:0.41 ± 0.08、CD:0.46 ± 0.06、p = 0.026)、そして40~49%(SD:0.66 ± 0.09 、CD:0.77 ± 0.08、p < 0.001)において差があった。さらに、SDとCDのACVにおいては1RM(r=0.433、p=0.05)における場合を除いて相関関係は見られなかった(p>0.05)

結論・応用
これらの結果は、FSとBSだけでなくCDおよびSDにおいて個別の負荷-速度の様式がトレーニング目的に用いられるべきであることを示唆している。

オリジナルの文献はこちら

 

この研究の結果はバックスクワットとフロントスクワットのキネマティックスに統計的な差異がなかったことが示されました。しかし、通常のデッドリフトとスモーデッドリフトのキネマティックスには差異があったと報告しています。

この結果をトレーニングに応用する場合、最も当てはまるのがベロシティベースのトレーニング(VBT:Velocity Based Training)でしょう。各エクササイズにおいて目的のスピードを処方する際、バックスクワットへの値はそのままフロントスクワットに当てはめることができるでしょう。しかし、デッドリフトの場合、通常のデッドリフトのほうがスモーデッドリフトよりも速度が速くなることがこの研究で示されました。そのため、これらのエクササイズにおいては個別に速度を設定する必要があるでしょう。

このように、キネマティックスが同じ、または異なる要因には前述のようにエクササイズの実施テクニックの違いがあげられるでしょう。スクワットにおいては、股関節のキネマティックスに違いがあるものの、膝や足関節のキネマティックスにはほぼ差がないことが報告されています(1)。しかし、デッドリフトにおいてはセットアップの姿勢から始まり、動作中の関節角度やモーメント、さらには筋活動も異なり、結果としてバーベルのキネマティックスへと影響していることが考えられます。

 

参考文献
1. Braidot, A.A., Brusa, M.H., Lestussi, F.E., and Parera, G.P. (2007). Biomechanics of front and back squat exercises. Journal of Physics: Conference Series 90
2. Gullett, J. C., Tillman, M. D., Gutierrez, G. M., & Chow, J. W. (2009). A biomechanical comparison of back and front squats in healthy trained individuals. Journal of Strength and Conditioning Research, 23(1), 284–292
3. Escamilla, R. F., Francisco, A. C., Fleisig, G. S., Barrentine, S. W., Welch, C. M., Kayes, A. V., … Andrews, J. R. (2000). A three-dimensional biomechanical analysis of sumo and conventional style deadlifts. Medicine and Science in Sports and Exercise, 32(7), 1265–1275
4. Escamilla, R. F., Francisco, A. C., Kayes, A. V., Speer, K. P., & Moorman, C. T. (2002). An electromyographic analysis of sumo and conventional style deadlifts. Medicine and Science in Sports and Exercise, 34(4), 682–688