HPCスタッフコラム

2020.05.08

方向転換時の左右差

画像

スポーツのパフォーマンスにおける方向転換は重要な要素の一つですが、一方で前十字靭帯(ACL)損傷などの重大なけがの受傷起点にもなりえます(1)。コンピューターシミュレーションを用いた研究では、膝の外反モーメントの増加によりACL損傷が発生するとしています(2)。また一般的に女性は方向転換の動作時に股関節及び膝関節の屈曲角度が浅く、また膝の外転角度が大きく(1、3、4)それによって外反モーメントが増加し(2)ACL損傷が比較的多く発生するともいわれています。

今回紹介する研究では、180°方向転換する際に利き脚と非利き脚側の違い、及びそれらの非対称性の影響を3次元動作解析を用いて比較しています。

 

Effect of asymmetry on biomechanical characteristics during 180° change of direction.
180°方向転換走におけるバイオメカニクス的特性の非対称性の影響

Thomas, C, Dos’Santos, T, Comfort, P, and Jones, PA.

J Strength Cond Res 34(5): 1297–1306, 2020

目的
この研究の目的は、180°方向転換(CoD:Change of Direction)走(505アジリティ及び変更を加えた505アジリティ(505mod))中におけるバイオメカニクス的特性の非対称性の影響を検証することである。
*505アジリティ:15mのスプリント後、ライン上で180°方向転換し5mスプリントする。タイムの計測は15mのスプリントの最後の5mから開始される(最初の10mは助走区間)。
*505modアジリティ:5mのスプリント後、ライン上で180°方向転換し5mスプリントする。タイムの計測はスタート直後から開始される。

被験者
52名のチームスポーツの男性選手(n=24、年齢=22.1±4.8歳、身長=1.78±0.06 m、体重=76.9±10.8 kg)及び女性選手(n=28、年齢=19.1±1.7歳、身長=1.67±0.06 m、体重=60.4±7.4 kg)

方法
52名の男性及び女性チームスポーツ選手がこの研究に参加した。7個の赤外線カメラ(240 Hz)による3次元の動作データ及び2枚のフォースプレート(1200 Hz)による床反力(GRF:Ground Reaction Force)を収集し最後とその一歩前(PEN:penultimate)の接地を分析した。一連の反復測定分散分析を用いてそれぞれの従属変数における差を検証した。

結果
利き脚(D:Dominant Leg)側と非利き脚(ND:Non-Dominant Leg)側の間に505modアジリティにおいて膝外転角度(KAA:Knee Abduction Angle)の有意な差がみられ(p=0.048)、一方で505アジリティにおいては水平及び垂直方向のGRFの最大値に有意な差がみられた(p<0.001)。両方のアジリティにおいて、PENでは垂直方向のGRF(vGRF)の最大値、股関節屈曲角度、股関節伸展モーメント、膝屈曲角度及び膝伸展モーメントが有意に大きかったが、vGRFの平均値、水平方向のGRF及び足関節底屈モーメントは小さかった。505アジリティでは、ND側ではvGRFの最大値が有意に大きかったが、水平方向は逆側が大きかった。505modアジリティでは、D側で有意にKAAが大きかった。最後に、5054アジリティ中の水平方向の最大GRF比に有意な相互作用(グループ×体側)がみられた。両方のアジリティに関して、アジリティのタイムに対しては相互作用や主作用はみられなかった。

結論・応用
したがって、チームスポーツ選手の180°CoD走において、非対称性はGRFやKAAに影響を及ぼすが、アジリティのタイムには影響を及ぼさない。

オリジナルの文献はこちら

 

この研究ではまず、片脚ホップテストによって左右の非対称性を評価し、その度合いに応じてグループ分けもされています。さらに、この評価をもとにし、よりホップテストの距離の長かったほうを利き脚としています。しかし、これらのグループ間においてはいずれのバイオメカニクス的特性やアジリティのタイムの有意な差はみられませんでした。よって、パフォーマンスの非対称性は方向転換のパフォーマンスやメカニクスに与える影響は小さいといえるでしょう。

しかし、利き脚および非利き脚による影響としては、膝の外転角度に有意な差がみられ、利き脚側のほうが大きくなっていました。方向転換中に膝の外転角度が大きくなることでACLのリスクが増加する(1、2、3)とされています。非接触のACL損傷を負ったサッカー選手を調査した研究では、男性では大半が利き脚(ボールをける側)に損傷が起こっており、女性では逆の傾向がみられました(4)。このメカニズムはまだ明確になっていませんが、Thomasらによれば、方向転換の際に女性選手の非利き脚側(支持脚)の膝外転角度が大きかったとの報告もあり(5)、これらのことから方向転換の際の利き脚と非利き脚のメカニクスの違いが傷害の発生に影響していることが考えられます。

180°の方向転換の際には利き側がタイムとしてのパフォーマンスに影響することはありませんが、メカニクスの違いを生み出し傷害のリスクを高める可能性があるため、動作のテクニックや神経筋のコントロールなどに注目したトレーニングが重要となってくると考えられます。

 

参考文献
1. Malinzak, R.A., Colby, S.M., Kirkendall, D.T., Yu, B., and Garrett, W.E. (2001). A comparison of knee joint motion patterns between men and women in selected athletic tasks. Clinical Biomechanics 16, 438–445
2. McLean, S.G., Huang, X., and van den Bogert, A.J. (2008). Investigating isolated neuromuscular control contributions to non-contact anterior cruciate ligament injury risk via computer simulation methods. Clinical Biomechanics 23, 926–936
3. McLean, S.G., Lipfert, S.W., and Van Den Bogert, A.J. (2004). Effect of gender and defensive opponent on the biomechanics of sidestep cutting. Medicine and Science in Sports and Exercise 36, 1008–1016
4. Brophy, R., Silvers, H.J., Gonzales, T., and Mandelbaum, B.R. (2010). Gender influences: The role of leg dominance in ACL injury among soccer players. British Journal of Sports Medicine 44, 694–697
5. Thomas C, Dos’Santos T, Kyriakidou I, et al. (2017)An Investigation into the Effect of Limb Preference on Knee Mechanics and Braking Strategy during Pivoting in Female Soccer Players: An Exploratory Study. The 8th Annual Strength and Conditioning Student Conference, Middlesex University: London, UK.