HPCスタッフコラム

2020.07.17

熱中症とトレーニング

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熱中症とは?

人間の身体は深部体温を37.5℃前後に保つようにできています。スポーツや身体活動などによる筋肉の収縮によって熱が生み出されますが、身体は発汗や放射などによって熱を体外へと逃がし体温を保とうとします。熱中症は、この熱を体外へ逃がす仕組みが様々な内的および外的な要因によって機能せず、深部体温が上昇してしまう状態です。
熱中症には労作性と非労作性のものがあり、非労作性の熱中症では主に高齢者や低体力者が暑熱環境に一定期間さらされることで徐々に症状が現れてきます。対して労作性の熱中症では、暑熱環境下での運動や作業によって体温が上昇することで、急激に状態が悪化します。このコラムでは労作性の熱中症に焦点を当て、その環境要因やトレーニングにおける考慮点などを挙げていきたいと思います。

環境的要因

WBGT
熱はより温度の高いところから低いところへと流れます。身体の周りの空気の温度が体温より低い場合は身体が熱を放射しますが、気温が36℃を超えると、今度は逆に身体が熱を取り込もうとします。
しかし、熱中症予防の観点からは、通常の気温ではなく、湿度や空気の動き(風)などを考慮した湿球黒球温度(WBGT:Wet-bulb globe temperature、日本では暑さ指数とも呼ばれる)が用いられます。WBGTは環境省が毎日発表しておりこちらから確認できます。WBGTが27.8℃を超えると熱中症のリスクが増加し、NATA(National Athletic Trainer’s Association、全米アスレチックトレーナー協会)ではWBGTが33.4℃を超えると外での活動は推奨できないとしています(3)。
さらに、活動場所によっても大きく温度が異なり、同じ気温でも地面の照り返しによってフィールド上の温度が大きく異なります。気温が25度の場合、天然芝上の温度が24~28℃だったものが、人工芝上では40~45℃であったという報告(4)もあります。

湿度
身体から熱を放出する一つの方法が液体の気化によるものです。体内の深部温度が上がると汗腺の働きが活性化し、汗が出ます。そして、汗が気化する際に熱が奪われることで、体温が下がりますが、湿度が高いと汗が気化しないため、体温の急激な上昇につながります。日照がなく温度がそれほど高くない室内でも湿度が高い場合は熱中症のリスクが増加します(7)。実際にWBGTの計算では湿球温度、つまり湿度の比重が大きくなっています。

トレーニングにおける考慮点

フィットネスレベル
最大酸素摂取量の向上は暑熱環境への耐性と比例します(5)。運動時に筋によって産出された熱は血液を通して体表まで運ばれ放射や汗によって熱を体外へ放出し、冷えた血液が体内へと循環します(2)。最大酸素摂取量によってあらわされる心肺の機能は、効果的に体温調整が行えるかどうかの一つの大きな指標となっており(6)、そのため、心肺機能の発達は体温のコントロールの重要な要素の一つであるといえます。

水分補給
高強度の運動中の発汗量は、一時間当たり1.37~2.6 Lにもおよびます(6、9)。体重の3~5%の水分が失われると、発汗や筋への血流量が減少し始めます。暑熱環境で適切な水分摂取が行われない場合、6~10%もの体水分が失われることもあり、この場合は心拍出量や発汗量、筋や皮膚への血流量が低下し、パフォーマンスの低下につながります(7、8)。また、脱水が進むにつれ深部温度も乗じて上昇します。これは、脱水による血漿浸透圧が上昇することで、発汗や皮膚の血管拡張が起こる温度限界が上昇するためです(1、9)
水分補給の際の飲料は15~20℃が適切とされ、糖質の含有量が8%以下であれば胃からの排出速度は変わらないとされています(8)。また一時間を超えるような運動では飲料1L当たり0.5-0.7gのナトリウムを含むことが推奨されます(8)。
適切な水分補給は運動中の脱水症状を予防し、深部体温の上昇を緩やかにします。しかし、運動強度が高い場合は身体が脱水状態になくても熱中症が起こるので注意が必要です(7)。

運動強度
高強度の運動時の熱の産出量は安静時の15~20倍にもなり、熱が適切に体外に放出されない場合、5分毎に体温が1℃上昇します(7)。また、高強度の運動はリスクの高い人(フィットネスレベルが低い、体重が多い、暑熱順化できていない)の体温を20~30分で危険なレベルまで上昇させます(3、5)。

体組成
体脂肪の多いアスリートは、脂肪が熱の放出を妨げるため、熱中症のリスクが増加します(3、5)。またBMIが22 kg/m2を超える人は、そうでない人に比べて熱中症のリスクが8倍も増加するとの報告もあります(6)。

衣服
屋外での運動の際は、黒や色の濃い服を着用すると熱を吸収しやすく体温の上昇につながります。また汗の気化を妨げるような衣服(サウナスーツなど)や過度な衣服の着用もまた熱の放出を妨げ、体温の上昇につながります。またヘルメットやパッドなどを装着するスポーツもまた、熱の放出が妨げられることから熱中症のリスクが増加します(3)。

暑熱順化
暑熱環境下での運動を行う際は適切な暑熱順化を行うことで熱中症のリスクを減少させることができます。暑熱順化は7~14日かけて行うことが推奨され(1、3、5)、フィットネスレベルの高いアスリートはより早く順化することができます(3)。暑熱環境下でのトレーニング開始直後の4日から3週までに多く起こることから(7、10)、指導者はこの期間のトレーニング強度や時間を調整し、安全にトレーニングが行われるようにする必要があります。暑熱順化期間に起こる身体の適応を表1(1)にまとめてあります。

表1.暑熱順化期間における身体の適応にかかる日数

まとめ

熱中症は重症化すると命にかかわる重篤な疾患です。しかし、適切な事前措置や対策を行うことで熱中症を予防したり重症化を防いだりすることができます。
上記を踏まえて、暑熱環境では以下の点に気を付けての運動を行うようにしましょう;

  • WBGTが28℃を超える場合は熱中症のリスクを勘案し、33.4℃を超えた場合は外での運動を控える。
  • 湿度が高い場合は、汗が気化しにくくなるため気温が低くても熱中症のリスクが高まる。
  • フィットネスレベルが低い、体重過多、または暑熱順化ができてない人は熱中症のリスクが増加する。
  • 発汗による脱水症状も深部体温の上昇の要因でもあるため、運動中は適宜十分な水分補給を心掛ける。1時間当たり600~1200mlの水分の摂取が推奨される。
  • 20~30分の高強度運動で急激に深部温度が上昇するため、15~20分ごとに休息をとる。
  • 暑熱環境では練習強度や時間を調整し、7~14日かけて暑熱順化させる。

 

参考文献
1. Wendt, D., Van Loon, L.J.C., and Van Marken Lichtenbelt, W.D. (2007). Thermoregulation during exercise in the heat: Strategies for maintaining health and performance. Sports Medicine 37, 669–682
2. Miyake, Y. (2013). Pathophysiology of heat illness: Thermoregulation, risk factors, and indicators of aggravation. Japan Medical Association Journal 56, 167–173
3. Casa, D.J., DeMartini, J.K., Bergeron, M.F., Csillan, D., Eichner, E.R., Lopez, R.M., Ferrara, M.S., Miller, K.C., O’Connor, F., Sawka, M.N., et al. (2015). National athletic trainers’ association position statement: Exertional heat illnesses. Journal of Athletic Training 50, 986–1000
4. Petrass, L.A., Twomey, D.M., Harvey, J.T., Otago, L., and Lerossignol, P. (2015). Comparison of surface temperatures of different synthetic turf systems and natural grass: Have advances in synthetic turf technology made a difference. Proceedings of the Institution of Mechanical Engineers, Part P: Journal of Sports Engineering and Technology 229, 10–16
5. Cleary, M. (2007). Predisposing risk factors on susceptibility to exertional heat illness: Clinical decision-making considerations. Journal of Sport Rehabilitation 16, 204–214
6. Gardner, J.W., Kark, J.A., Karnei, K., Sanborn, J.S., Gastaldo, E., Burr, P., and Wenger, C.B. (1996). Risk factors predicting exertional heat illness in male Marine Corps recruits. Medicine and Science in Sports and Exercise 28, 939–944
7. Armstrong, L.E., Casa, D.J., Millard-Stafford, M., Moran, D.S., Pyne, S.W., and Roberts, W.O. (2007). Exertional heat illness during training and competition. Medicine and Science in Sports and Exercise 39, 556–572
8. Sawka, M.N., Burke, L.M., Eichner, E.R., Maughan, R.J., Montain, S.J., and Stachenfeld, N.S. (2007). Exercise and fluid replacement. Medicine and Science in Sports and Exercise 39, 377–390
9. 岡崎和伸(2018).「運動時の体液変化とその循環および体温調節への影響」『循環制御』38(2), p.82-90
10. Cooper, E.R., Ferrara, M.S., and Broglio, S.P. (2006). Exertional heat illness and environmental conditions during a single football season in the southeast. Journal of Athletic Training 41, 332–336