HPCスタッフコラム

2021.01.22

精神的な疲労と身体のパフォーマンス

画像

疲労とは不調や身体活動からの忌避といった主観的な症状または客観的なパフォーマンスの減退と表すことができます(2)。疲労には身体的および精神的な要素があります。身体的な疲労が身体のパフォーマンスに影響を及ぼすのは既知のことですが、精神的な疲労は身体のパフォーマンスに影響を及ぼすのでしょうか?McMorrisらによるシステマティックレビューとメタ分析では、小さいながらも有意な効果量が示されたものの、異種性が認められないためこの結果はランダムエラーによるものであることが示唆されると著者らは結論付けました(3)。よって精神的な疲労が身体的なパフォーマンスに及ぼす影響はまだ明確になっていません。

今回紹介する研究では、筋電図の疲労限界を用いて精神的な疲労が身体のパフォーマンスに及ぼす影響を検証しています。筋電図の疲労限界とは、筋電図の振幅が増加することなく持続できる運動強度を表します。Briscoeら(1)は筋電図の疲労限界は長時間のエクササイズにおける神経筋の疲労を計測するのに有効であると結論付けています。そこで、今回紹介する研究では、認知的に疲労を促すタスクを行った後の筋のパフォーマンスと心拍数の変位を検証しています。

 

Reduced electromyographic fatigue threshold after performing a cognitive fatiguing task.
認知疲労を促すタスクを行った後に筋電図の疲労限界が減少する

Ferris, JR, Tomlinson, MA, Ward, TN, Pepin, ME, and Malek, MH.

J Strength Cond Res 35(1): 267–274, 2021

目的
エクササイズ前に行われた認知疲労を促すタスクはエクササイズのキャパシティを減少させる可能性がある。筋疲労閾値(EMGFT:Electromyographic Fatigue Threshold)とは、時間との関係性において筋電図の振幅の強度に著しい増加がなく維持できる最も高いエクササイズの強度のことである。これまでにおいて、EMGFTの推定にいて認知疲労の影響を検証した研究はない。したがって、この研究の目的はエクササイズを行う前の認知疲労が推定EMGFTを減少させるかどうかを判断することである。

被験者
8名の健康な大学年代の男性(年齢:24.3±0.4歳、体重:81.3±3.3 kg、身長1.83±0.02 m)

方法
8名の健康な大学年代の男性が大学生の個体群から集められ、複数回にわたって研究室へ訪れた。無作為の順番にて、被験者は一方の訪問で認知疲労を促すタスク(AX連続遂行テスト:AX continuous performance test)を60分間行い(疲労条件)、もう一方の訪問で電車の動画を60分間視聴した(コントロール条件)。それぞれの条件での施行後、被験者は大腿直筋からのEMG振幅を記録しながら増加性の片脚の膝伸展能力測定を行い、測定を通して心拍数が計測された。その後、それぞれの訪問時の各被験者のEMGFTを計算し、対応のあるサンプルのt検定を用いて比較した。

結果
エクササイズの結果については、2つの条件間における最大パワー出力には有意な平均の差異は見られなかった(コントロール条件:51±5 W vs 疲労条件:50±3 W)が、EMGFTの減少量において2つの条件間に有意な差が見られた(コントロール条件;31±3 vs 疲労条件:24±2 W、p=0.013)。さらに、最大心拍数は2つの条件間で有意な差があった(コントロール条件;151±5 vs 疲労条件:132±6、p=0.027)。

結論・応用
これらの結果は、認知疲労を促すタスクを行うとEMGFTを減少させ、同時に最大心拍数の減少も伴うことが示唆された。

オリジナルの文献はこちら

 

この研究の結果として、条件間の筋の最大パワーの差は示されなかったものの、筋電図の疲労限界には有意な差が見られました。興味深いのは、より神経系の貢献が大きいと考えられる最大パワーには影響が現れず、筋電図の疲労限界にのみ精神的な疲労の影響が見られたことでしょう。しかし、著者らも考察で述べていましたが、他の研究でも高強度(最大負荷)の神経筋のパフォーマンスには認知的な疲労の影響はないのかもしれないとしています。しかし、持久的なパフォーマンスに対する影響は認められており(4、5)、今回の研究結果とも一致しています。

以前のコラムで紹介した学業のストレスとケガの発生についての研究では、学業のストレスが多くなる試験期間に怪我の発生が増加することが示されました。試験勉強などによって認知的な疲労が大きくなる試験期間に怪我が多くなることは、今回紹介した研究でも示されたように精神的な疲労が身体のパフォーマンスに影響を与えることと関係があるように思えます。

スポーツやトレーニングの指導者は、精神的な疲労が大きくなると身体のパフォーマンスが低下することを念頭においてトレーニングプログラムを考える必要があるでしょう。

 

参考文献
1. Briscoe, M.J., Forgach, M.S., Trifan, E., and Malek, M.H. (2014). Validating the EMGFT from a single incremental cycling test. International Journal of Sports Medicine 35, 566–570
2. Sharpe, M., and Wilks, D. (2002). Fatigue. BMJ 325, 480-483
3. McMorris, T., Barwood, M., Hale, B.J., Dicks, M., and Corbett, J. (2018). Cognitive fatigue effects on physical performance: A systematic review and meta-analysis. Physiology and Behavior 188, 103–107
4. Marcora, S.M., Staiano, W., and Manning, V. (2009). Mental fatigue impairs physical performance in humans. Journal of Applied Physiology 106, 857–864
5. Smith, M.R., Coutts, A.J., Merlini, M., Deprez, D., Lenoir, M., and Marcora, S.M. (2016). Mental fatigue impairs soccer-specific physical and technical performance. Medicine and Science in Sports and Exercise 48, 267–276