HPCスタッフコラム

2022.06.13

ACLへの負荷を低減させる方向転換動作

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前十字靭帯の損傷はスポーツで起こる重大な傷害の一つです。しかしながら、その受傷メカニズムはいまだに明確になっておらず、また、多くの研究がおこなわれているにもかかわらず、その発生状況は減少していないとの報告もあります(1、2)。

ACL損傷のメカニズムに関して、ACL受傷時の映像を分析した研究では受傷時の膝の屈曲角度が30度以下であったと報告しています(5、6)。また、接地時の膝の屈曲角度の減少がACLへの負荷を増大するともいわれており(3、4)、これらの情報から、接地時の膝関節の屈曲角度はACLにかかる負荷と関連があることが考えられます。

今回紹介する研究では、筋力の差と方向転換時の下肢関節のキネマティックスとの関係性を調査し、ACL損傷に対してより安全なカッティング動作を提唱しています。

 

Stronger subjects select a movement pattern that may reduce anterior cruciate ligament loading during cutting.
筋力のより強い被験者はカッティング動作中に前十字靭帯への負荷を軽減させ得る動作パターンを選択する。

Davies, WT, Ryu, JH, Graham-Smith, P, Goodwin, JE, and Cleather, DJ.

J Strength Cond Res, Published ahead of print, 2021

目的
広範囲の神経筋のトレーニングプログラムの一部として筋力を向上させることは、前十字靭帯(ACL: Anterior Cruciate Ligament)損傷の発生を減少させることが示唆されてきた。しかしながら、そのメカニズムは明確になっていない。カッティング動作はACL損傷におけるリスクの高い動き方であるが、この動作中に筋力が矢状面上のバイオメカニクスにどのような影響を与えるかについての研究は限定的である。

被験者
方向転換が必要とされるスポーツに現在も参加し、最低でも5年の経験のある16名の男性

方法
16名の被検者は、片側スクワットにおける相対的なアイソメトリック筋力に応じて筋力の強い群と弱い群に振り分けられた(筋力の強い群:筋力29.0±3.4 N/kg、年齢34.2±5.0歳、身長177.2±7.1cm、体重79.3±10.1kg;筋力の弱い群:筋力18.3±4.1 N/kg、年齢36.0±4.9歳、身長178.1±8.0cm、体重76.3±12.6kg)。被験者は異なる速度(2、4、6 m/s)で45度のカッティングを全力で3回行った。光学式モーションキャプチャーとフォースプレートを用いてキネマティックスと床反力を計測した。

結果
筋力のより強い群は弱い群よりも、膝関節伸展モーメントが低く、股関節の伸展モーメントが高く、そして膝関節の最大屈曲角度が大きかった(p<0.05)。合成床反力については両群間の違いはなかった。

結論・応用
より筋力の強い群は、カッティング動作中に膝関節よりも股関節に依存し、膝関節の屈曲角度も大きかった。これによって、負荷を受ける際に膝関節で必要とされる伸展モーメントを減少させることでACLへの負荷を減少させることができる。同様に、負荷を受ける際のより大きな膝関節の屈曲はACLを保護する可能性がある。

オリジナルの文献はこちら(PDFのみ)

 

この研究では、筋力の強い人と弱い人でカッティング動作において顕著な差が出ることが示されました。進入速度は最高でも6 m/sとそこまで速くないものの興味深い結果となりました。

近年では、膝関節の外反動作はACL損傷とは直接的な関連性が低いと報告する研究も複数あり(3、7、8)、ACL損傷については前述の膝の屈曲角度など他の要因が強く関連していると考えられてきています。今回紹介した研究の結果から、ACL損傷の予防に関してはACLへの負荷をより低減させるようなカッティング動作をとるための筋力の向上も有効な手段であると考えることができるでしょう。

 

参考文献
1. Shaw L., Finch C.F. (2017) Trends in pediatric and adolescent anterior cruciate ligament injuries in Victoria, Australia 2005-2015. Int J Environ Res Public Health 14, 599–609
2. Hootman, J.M., Dick, R., Agel, J. (2007) Epidemiology of collegiate injuries for 15 sports: summary and recommendations for injury prevention initiatives, Journal of athletic training, 42, 311–319
3. Yu B., Garrett W.E. (2006) Mechanisms of non-contact ACL injuries. Br J Sports Med 41(suppl 1): 47–51
4.  Pollard, C. D., Sigward, S. M., & Powers, C. M. (2010). Limited hip and knee flexion during landing is associated with increased frontal plane knee motion and moments. Clinical biomechanics (Bristol, Avon), 25(2), 142–146.
5. Koga H., Nakamae A., Shima Y., et al. (2010) Mechanisms for non-contact cruciate ligament injuries. Am J Sports Med 38: 2218–2226
6.  Carlson, V. R., Sheehan, F. T., & Boden, B. P. (2016). Video Analysis of Anterior Cruciate Ligament (ACL) Injuries: A Systematic Review. JBJS reviews, 4(11), e5.
7.  Zhang, L., Hacke, J. D., Garrett, W. E., Liu, H., & Yu, B. (2019). Bone Bruises Associated with Anterior Cruciate Ligament Injury as Indicators of Injury Mechanism: A Systematic Review. Sports medicine (Auckland, N.Z.), 49(3), 453–462
8.  Hashemi, J., Chandrashekar, N., Jang, T., Karpat, F. A. T. İ. H., Oseto, M., & Ekwaro-Osire, S. (2007). An alternative mechanism of non-contact anterior cruciate ligament injury during jump-landing: in-vitro simulation. Experimental Mechanics, 47(3), 347-354.