HPCスタッフコラム

2018.11.07

静的ストレッチとハムストリングの筋損傷の受傷リスク

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スポーツ活動中のハムストリングの筋損傷は大きな問題となり得ます。ハムストリングはその構造や機能上、大きな負荷がかかりやすく(1)、傷害予防のためのプログラミングにおいて大きな焦点が当てられる部位です。しかしながら、明確なハムストリングの筋損傷のメカニズムは解明されておらず、多くの様々な要因が関係しているといわれています(1、2)。

そんな中、最近のJSCRに文献の中に興味深いものがありました。間接的ではありますが、ハムストリングの傷害を予防するうえで参考となる一つの考え方が示されており、ハムストリングの傷害の起きやすいスポーツに関わる際に参考になるのではないでしょうか?

 

Stretch could reduce hamstring injury risk during sprinting by right shifting the length-torque curve.
ストレッチによって長さ-トルクのグラフが右側にシフトすることでスプリント時のハムストリングの傷害のリスクを減少できる可能性がある

Ruan, M, Li, L, Chen, C, and Wu, X.

J Strength Cond Res 32(8): 2190–2198, 2018

目的
静的なストレッチが長さ-トルクのグラフを右側へとシフトすると仮説が立てられ、これによって筋挫傷のリスクを減少させられるかもしれない。この研究の目的は、ハムストリングへの静的ストレッチが、長さ-トルクの関係性がシフトすることによって示されるスプリント時のハムストリングの傷害のリスクに与える急性な効果を検証することである。

被験者
少なくとも3年のトレーニング経験のある12名の女性大学アスリート(年齢:20.8±0.7才、身長:1.61±0.05 m、体重:54.25±4.22 kg、100 mのベストタイム: 13.3 ± 0.65秒)

方法
被験者はグラウンド上でのスプリントを2つの条件で行った:1. ハムストリングへの静的ストレッチ30秒4セットを含むウォームアップ;2. ハムストリングへの静的ストレッチを含まないウォームアップ。3次元のキネマティックとキネティックのデータおよび大腿二頭筋長頭、大腿直筋及び内側広筋の筋電図も測定中に計測された。
*キネマティックデータ:速度や角度、長さ等の計測値
*キネティックデータ:力やトルク等の計測値

結果
スイング局面の後半において大腿二頭筋長頭の最大長は、ハムストリングの静的ストレッチ後に大きな効果量を伴い統計的にほぼ有意に増加した(p=0.05、d=1.22)が、最大長における膝関節屈曲のトルクに有意な変化はなかった。ハムストリングの静的ストレッチは水平方向(d=1.46)と垂直方向(d=1.79)の床反力の最大値、及び活性化前(スイング後半)の局面における大腿二頭筋長頭の活動レベル(p=0.05、d=2.16)を有意に減少させた。

結論・応用
この結果は、スイング局面後半およびスタンス(接地)局面における大腿二頭筋長頭の長さと膝関節トルクの関係性及び大腿二頭筋長頭と股関節トルクの関係性が、ハムストリングの静的ストレッチ後に右へとシフトしたことを示した。これによってハムストリングの筋損傷のリスクを減少させられるかもしれない。運動前の静的なストレッチングを単に取り除くべきではなく、参加者は筋損傷の起きやすい筋をストレッチすることを優先させるべきと提案する。

オリジナルの記事はこちら

 

この研究結果のポイントは「ハムストリングの長さ-トルクの関係性を示すグラフが右側にシフトする」ということです。つまり、静的なストレッチによって同じトルクをより長い筋長で発揮できる、筋が引き伸ばされる状況でも同様のトルクが発揮できるということになります。研究者らはこれによって、ハムストリングの筋損傷のリスクが減少するのではないかと提言しています。

ただ、静的なストレッチの弊害は前回の記事でも述べたように、その効果は一長一短です。状況に応じて使い分けることが大切でしょう。

また、今回は静的なストレッチが用いられましたが、同じように可動域を増加させる動的ストレッチやフォームローラーをはじめとする筋膜リリースなどの手法でも同様な結果が出るかは興味があるところです。

参考文献
1. Opar DA, Williams MD, Shield AJ, Hamstring strain injuries: factors that lead to injury and re-injury. Sports Med. 42(3):209-226, 2012
2. Croisier, JL. Factors Associated with Recurrent Hamstring Injuries. Sports Med (2004) 34: 681-695