HPCスタッフコラム

2019.10.16

睡眠及びエクササイズが口腔内の免疫作用におよぼす影響

画像

唾液中には身体を細菌やウイルスから守るための多くの抗菌たんぱく質が分泌されています。口腔内は体内への入り口であり、様々な細菌やウイルスに対する最初の防衛線でもあります。この粘膜内に存在するたんぱく質には、ラクトフェリンやリゾチームが含まれます。ラクトフェリンやリゾチームはエクササイズ後に増加することが確認されています(1、2、3、4)。他にも、最も多く研究されている唾液中のたんぱく質として免疫グロビンA(IgA:Immunoglobin A)があり、唾液中のこのたんぱく質の分泌量が少ないと上気道感染症の発症率が高くなるとの報告もあります(5)。

睡眠不足は免疫機能の低下や代謝異常、炎症を促すサイトカインの分泌の増加を引き起こしたり、肥満や高血圧などの疾患のリスクを増加させたりすると報告されています(6)。以前のコラムでも取り上げましたが、急性的な睡眠不足はあまり筋機能には影響を与えないようですが、唾液中の免疫グロビンAもまた睡眠不足には影響を受けないようです(7)。

今回紹介する研究は、唾液に含まれるその他の抗菌たんぱく質に対する睡眠不足及びその状態でのエクササイズの効果を検証しています。

 

Exercise, but not acute sleep loss, increases salivary antimicrobial protein secretion.
急性の睡眠不足ではなく、エクササイズで唾液中の抗菌タンパク質の分泌が増加する

Gillum, TL, Kuennen, MR, Castillo, MN, Williams, NL, and Jordan-Patterson, AT.

J Strength Cond Res 29(5): 1359–1366, 2015

目的
睡眠不足は免疫の要素を抑制する一因かもしれない。粘膜免疫に対する、十分な睡眠をとれなかった後のエクササイズの影響については明確になっていない。この研究の目的は、睡眠不足に対する唾液中の抗菌タンパク質(AMPs:Antimicrobial Proteins)の反応をエクササイズの前後で定量化することである。

被験者
男性4名と女性4名(年齢:22.8 ± 2.1歳、体重:66.4 ± 6.3 kg、体脂肪率18.6 ± 9%、最大酸素摂取量:: 49.1 ± 7.1 ml/kg/min)

方法
参加者は、通常の睡眠後(CON)と徹夜後(WS)にそれぞれ最大酸素摂取量の75%の強度で45分間のランニングを行った。2回のエクササイズ実施の間には10±3日の間隔を設けた。エクササイズの直前、直後そして1時間後に唾液を摂取した。LL-37、HNP1-3、ラクトフェリン(Lac:Lactoferrin)そしてリゾチーム(Lys:Lysozyme)の値を計測した。
*LL-37:ヒトの抗生物ペプチドの一種
*HNP1-3:ヒト好中球ペプチドの1から3番、抗微生物ペプチド
*ラクトフェリン(Lactoferrin):抗菌活性を持つ糖たんぱく質
*リゾチーム(Lysozyme):細菌の細胞膜を分解する酵素

結果
睡眠不足はエクササイズ前や後でAMPの濃度や分泌量に影響を与えなかった。しかし、エクササイズによって、エクササイズの前から後のLL-37(前:15.5 ± 8.7、後:22.3 ± 16.2 ng/ml)、HNP1-3(前:2.2 ± 2.3、後:3.3 ± 2.5 μg/ml)、Lac(前:5,234 ± 4,202、後:12,283 ± 10,995 ng/ml)、及びLys(前:5,831 ± 4,465、後:12,542 ± 10,755 ng/ml)の濃度が増加した(p≤0.05)。分泌量は、エクササイズ前に比べてLL-37(前:3.1 ± 2.1、直後: 5.1 ± 3.7、1時間後:6.9 ± 8.4 ng/min)、HNP1-3(前:0.38 ± 0.38、直後:0.80 ± 0.75、1時間後:0.84 ± 0.67 μg/min)、Lac(前:1,096 ± 829、直後:2,948 ± 2,923、1時間後:2,464 ± 3,785 ng/min)、及びLys(前:1,534 ± 1,790、直後:3,042 ± 2,773、1時間後:1,916 ± 1,682 ng/min)においてエクササイズ直後及び1時間後に増加していた(p≤0.05)。

結論・応用
これらのデータは粘膜免疫の主要な構成要素は急性の睡眠不足や十分な睡眠をとっていない中でのエクササイズには影響されないことを示唆している。エクササイズは各AMPの濃度と分泌量を増加させ、これは睡眠が不足していても免疫を高め炎症をコントロールすることを示唆している。

オリジナルの文献はこちら

 

今回の研究では、他の研究(1、3、4)と同様にエクササイズ後にAMPが増加しました。これはエクササイズによって好中球が活性化され、好中球中に存在するAMPの分泌が促されることによって唾液中のAMPが増加するのであろうと著者ら考察部分に述べています。Ligtenbergら(3)によれば、エクササイズの強度が増加するとより唾液へのAMPの分泌量が増加するそうです。またKunzらの研究(2)では、よりフィットネスレベルの高い人は、運動前のAMPは変わらないもののフィットネスレベルの低い人よりも運動後のAMPの分泌量が多くなることが示されました。日常的に運動している人は、口腔内の免疫作用がより高くなり、健康を維持できる要因になっているのではないでしょうか。しかしながら、日常的に強度の高いトレーニングを長期にわたって行うアスリートではIgAの分泌量が低下する(8)ため、慢性的な疲労は口腔内の免疫作用が低下するようです。

睡眠に関してはIgAと同様にAMPに影響を及ぼさないことが示されました。筋力発揮に関しても同様ですが、急性的な睡眠不足はあまり身体に負の影響を及ぼさないようです。しかしながら、前述のように慢性的な睡眠不足は身体に多くの不調をもたらすため、睡眠が不足した後は十分な睡眠をとり身体を回復させる必要があるでしょう。

 

参考文献
1. Davison, G., Allgrove, J., & Gleeson, M. (2009). Salivary antimicrobial peptides (LL-37 and alpha-defensins HNP1-3), antimicrobial and IgA responses to prolonged exercise. European Journal of Applied Physiology, 106(2), 277–284
2. Kunz, H., Bishop, N. C., Spielmann, G., Pistillo, M., Reed, J., Ograjsek, T., … Simpson, R. J. (2015). Fitness level impacts salivary antimicrobial protein responses to a single bout of cycling exercise. European Journal of Applied Physiology, 115(5), 1015–1027
3. Ligtenberg, A. J. M., Brand, H. S., Van Den Keijbus, P. A. M., & Veerman, E. C. I. (2015). The effect of physical exercise on salivary secretion of MUC5B, amylase and lysozyme. Archives of Oral Biology, 60(11), 1639–1644.
4. Allgrove, J. E., Gomes, E., Hough, J., & Gleeson, M. (2008). Effects of exercise intensity on salivary antimicrobial proteins and markers of stress in active men. Journal of Sports Sciences, 26(6), 653–661
5. Rossen, R. D., Butler, W. T., Waldman, R. H., Alford, R. H., Hornick, R. B., Togo, Y., & Kasel, J. A. (1970). The Proteins in Nasal Secretion: II. A Longitudinal Study of IgA and Neutralizing Antibody Levels in Nasal Washings From Men Infected With Influenza Virus. JAMA: The Journal of the American Medical Association, 211(7), 1157–1161
6. AlDabal, L. (2011). Metabolic, Endocrine, and Immune Consequences of Sleep Deprivation. The Open Respiratory Medicine Journal 5, 31–43
7. Ricardo, J. S. C., Cartner, L., Oliver, S. J., Laing, S. J., Walters, R., Bilzon, J. L. J., & Walsh, N. P. (2009). No effect of a 30-h period of sleep deprivation on leukocyte trafficking, neutrophil degranulation and saliva IgA responses to exercise. European Journal of Applied Physiology, 105(3), 499–504
8. Bishop, N. C., & Gleeson, M. (2009). Acute and chronic effects of exercise on markers of mucosal immunity. Frontiers in Bioscience, 14(12), 4444–4456